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時間 って何だろう 1

 【10//2013】

物理学者でも、時間って何?と聞かれたら答えるのを躊躇するでしょうね

恐らくは、物理数学的な見知からの解答であったり、具体的な、例えばこの原子の振動が云々と言った話になるのかもしれません

でも、恐らく、それは普通の人が求めている解答じゃないですよね
知りたいのは時間っていったい何なんだ?って所でしょう

wikipediaによると

1.ある時刻と別のある時刻の間(時 - 間)。およびその長さ。
2.時刻。つまり、時の流れの中の一点のこと。
3.(哲学寄りの概念)空間と共に、認識のまたは物体界の成立のための最も基本的で基礎的な形式をなすものであり、いっさいの出来事がそこで生起する枠のように考えられているもの。

との事
あとは、これらの微妙な解釈の仕方で色々な意見があるという感じでしょうかね

単位とか長さとかそういう方向での解釈になるとそれほど意見の相違は無いのだと思います
基本的には学者も一般人もあまり変わらないと思います

最も様々な意見が出るのが、時間の「流れ」についての解釈です
これは学術的に明確な定義が確定されているわけでもないので
それぞれの価値観や感覚的なものが多いのだと思います
時間観、時間に関する感覚という事ですね


学術的な見方ではなくて、概念や認識的な方向で考えたいと思います


西洋的な輪廻転生のような時間が循環するような感覚は私にはありません
自分は仏教的な諸行無常の感覚に近いですね

物事はすべて移ろい行くものであり、不変な存在などない(諸行無常)
アビダルマ「すべての存在は極分化された一瞬にのみ存在し、瞬間毎に消滅する」(刹那滅)
・・・wikipediaより

ここら辺に近いと思います


アウグスティヌスは時間を内面化して考えた。
時間は心と無関係に外部で流れているようなものではない。
過去、現在、未来と時間3つに分けて考えるのが世の常だが、過去とは《すでにないもの》であり、未来とは《いまだないもの》である。
ならば在ると言えるのは現在だけなのだろうか。
過去や未来が在るとすれば、それは《過去についての現在》と《未来についての現在》が在るのである。
過去についての現在とは《記憶》であり、未来についての現在とは《期待》、そして現在についての現在は《直観》だとアウグスティヌスは述べる。・・・wikipediaより

今回、自分の考えを整理するために色々調べた範囲では、このアウグスティヌスの解釈が最も自分の解釈に近かったです


カントは、時間、空間の直観形式でもって、人間は様々な現象を認識すると考えた。カントにおいて経験的な認識は、現象からの刺激をまず外官(外的なものからの刺激を受け取る感覚器官)によって空間的に、内官(内的なものの感じをうけとる感覚器官)によって時間的に受け取り、それに純粋悟性概念を適用することによって成立する。空間は外官によって直観され、時間は内官によって直観される。・・・wikipediaより

カントのこの解釈も、私の人に関しての認識と時間との間を繋ぐ部分として、非常に同意できる部分が多いです


(続く)
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