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社会の正義と悪 メディアの義務と責任

 【15//2014】

最近気になった話題やニュースとしては
最近最終回を迎えた抗議でスポンサーが降りたり最終的には番組内容を変更したりしていた日本テレビのドラマや
関連したところで、ちょっと古いですが、同じ日本テレビの大晦日の例の番組にBPOという謎組織の審査にかけられたりもしましたね(そもそもBPOは社会的に問題になる前に業界で押さえてしまいましょうという事なのである意味正しいのですが・・・)
また、ある記事で、日本とチャイナの国家の統治の違いは文化で治めるのか権力で治めるのかの違い、というものを見ました
中日ドラゴンズの応援団に暴力団関係者が混じっていた可能性があり、身元の提出を求めたら、提出せずに辞めていったという話
PC遠隔操作事件の容疑者の保釈の件
あとは、忘れてはいけない、STAP細胞と佐村河内さんの件ですかね

ま、これらは全然関係無いようで、何となく繋がる事があるように思うんですよね
以下、それぞれの話題についてまとまりのない話を書きますが、何となくゆる~く話は繋がってるつもりです


日本は、2600年の歴史から紡ぎ出された
文化、風習、慣習、、、こういったものから自然にできあがったものが根底にあり
そういった自然とできあがったものによって、自然と団結している
だから、天皇という人類史上あまり例のないタイプの存在が国を治めている
京都御所にはお堀がないのも、他の人類史を見てもちょっと考えれませんよね
このようにみても国民の総意で、望まれて天皇をいただいているという所がよくわかります
天皇自体も自然とこの日本という国の一部となっているという事です
ですから、これを否定することは自分達の歴史や文化や慣習、価値観、ひいては自分達自身のアイデンティティを否定することにもなると言えます
よって、日本はある意味、ルールや法律などで国が治まっているのではなく
文化歴史で団結、繋がっている、纏まっているという事になっているんですね
それをあえて明文化したのが大日本帝国憲法という事になるのではないかと
ここが他の新興の人造国家と決定的に違う所ですね

最近の傾向で少し気になる事があります
私も何度もこのブログで書いてますが、コンプラ問題等々についてです
法令遵守というと小難しいですし、範囲が限定されてしまいますので
社会のルールを守りましょうという事だという話に広げてみたいと思います
社会のルールを守ることは重要です
ただ、昨今は、「社会のルールを守る」という事に対して、相互に加減を知らないと感じることが多いです
本当に社会のルールを守ろうとしているのだろうか
もしかしてそれは個人や特定の人達の利益を守る(確保)するために、「社会のルールを守る」という事を利用されているに過ぎないのではないだろうか

自分、個人というものを本気で考えたことがある人ならわかると思いますが
自分がいかに無秩序でカオスであるかがわかると思います
ですが、人間は一人では生きていけない、非常に脆弱な生命体です
集団で行動しなければ存在できない生命体なのです
つまり、コミュニティを形成する事がイコール存在する絶対条件であるとも言えます
人間は個人としてはカオスです
とても、集団で存在できるようなものではありません
それを可能にするためのルールなのです
つまり、生存と引き替えにルールを受け入れているわけです

生きるためにはコミュニティのルールに従う事は必要
ですが、現代では、あまりにもそれに頼り切っている、もしくは、崇めすぎている
つまり、良い「加減」では無くなっていると感じるのです

社会が決めたルールが絶対的な正義であり、それに従わないものは悪である
これがあまりにも過剰になってきているのではないかと思うのです

「社会が決めたルールが絶対的な正義」と言いますが
法律で言うと、法律を作るのは政治家ですが、今、投票率は50~60%ぐらいが普通ですよね、どの選挙でも
で、更に、その過半数以上の票をとると当選するということは、全体の25%の票ということで
更に、組織票が10%前後あると仮定すると、残り10%前後となりますので
つまり全体の10%ぐらいの支持があれば当選するということになります
おかしいですよね
実際の80%が悪だとは思っていなくとも、狂信的な10%が悪だと決めつければ、社会としては悪となってしまうのです

これは選挙の話だけだと思うかも知れませんが
例えば、学校のクラスで30人ぐらい生徒がいるとして、ある出来事を悪だと言ってみましょう
これを毎日続けると、賛同者が1~2人は増えるでしょう、これで3人です
30人中3人が悪だと言い始めると、クラスの中ではその出来事は悪として扱われるはずです
他の人が絶対に正義だとは思っていないが、悪だとも思えないという感覚の場合は特に流されていきます
当然です、反論すると、同類だと決めつけられてしまうからです
悪だと思っていないにしろ、同類扱いをされ、おかしなレッテルを張られるのは嫌ですからね
みんな声高に叫ぶ声のデカイ数人に賛同するのです

私は、選挙の仕方に問題があるとか、そういう風には思いません
他に代替案が浮かびませんので、それこそ直接政治にしますか?って話になってしまうと思いますので

チャーチルも言っていますが
民主主義は最悪の政治形態だけど、民主主義を除く全ての政治形態よりもまだマシなだけです
ただし、これを自覚しているかどうかで結果は大いに違いますよね
知らずに何でも民主主義が正しいと盲目的になっていては最悪だということです
過去に書いたことがありますが、そういう中で日本のシステムはかなり優れている、もしくはその可能性を最も秘めていると感じますね
立憲君主制で、民主主義国家の形態を保ちつつも、非常に優れた社会主義システムも併せ持つ
まだまだ整備の余地がたくさんありますけどね

まぁ、話しは戻りますが、とにかく、世の中には、白黒ハッキリできるものばかりでは無い
多くのグレーゾーンが存在する
っていうことを皆理解すべきです

元々、このカオスな知性体である人間が集団で行動するなんて不可能です
最初から、矛盾を抱えているわけです、人間がコミュニティを形成するということに
ですから、どうやってルールで縛ろうがひずみは生まれるわけです
そのひずみ、グレーゾーンがある意味、そもそも矛盾した存在である人間のコミュニティというものを存続させる潤滑油として存在しているのです
その潤滑油を、真っ白では無いから、悪だと決めつけ、社会から排除していった先はどうなるでしょうか
潤滑油が無くなってしまえば、そのうち動かなくなってしまいますね
グレーゾーンが良いとは言っていません、最低限の監視や制御は必要です
ですが、一方的に社会から排除、抹殺するのは間違っているという事です

とにかく最近の社会の集団ヒステリーはヒドイ
TVの放送内容などですぐに抗議とかありますよね、間違った内容を放送しているならわかりますが
このくらいの放送って昔ならたくさんあったと思いますが、何か実際問題発生しましたかね
確かに、ある話題が引き金になったように見える事件、事象が発生する事はあるかもしれません
ただし、そういったこととは別として、世の中一定の確立で問題のある人は出てきます
それが1億も人がいるとその確率があがり、今の時代は、社会の表に出てしまうことが多くなってしまっているということではないかと思います
それをさぞそういうものが増えているかのように扱い、そして声がデカイ人間がそれにのっかり虚構の多数派を形成することになっているのではないでしょうか
だからといって放送する側には何の責任もないかというとそうではなくて、日頃から受け手のリテラシーを高めるような努力はすべきですけどね
全くやっていないというか、低下させる一方であることは事実ですが・・・

コンプラ問題だってそう
確かに最低限の日本の常識にも照らし合わせて法令は遵守すべきですが
それを盾にとって企業を脅すような真似をするならば、それは悪徳893ですよ
社会的に脅すような真似をしている方が問題じゃないですかね

893の話がでましたが、これもね、一方的すぎかなという風に思いますね
確かに、現在の日本の暴力団の構成員は、外国人の比率が非常に大きくなってきているという公安調査結果があります
ですから、やることなすことが、昔ながらの任侠道の893とは全然違う状況なんですね
もうビジネスとして暴力を使っているという感じです
ですから、そういった意味で、社会的に悪だと言われても仕方ないと思います
ただ、殆どの大きな組織の暴力団はそうだとしても、日本にいる全ての暴力団がそうだと一括りにするのは違うと思うんですね

私の親戚の爺ちゃんが地方のそっち系のお偉いさんでした
ですが、その息子含め家族は普通の人と全然関わりがないんですよね
イメージだとそういう人が家にいると家族を含め全員がそっち系かな?と思うんですが
全然違って、息子や孫も含めて普通の会社員で、普通の生活してます
この爺ちゃん、普段何をしていたのかというと、ドロップアウトした人とか落ちこぼれの若者、犯罪歴がある人などに仕事を斡旋したりしてたんです
当然、あまり学は無いので、体力勝負の仕事や腕っ節が必要な仕事が殆どですが
要するに、一般的な社会ではなかなか生きていけない人なんですよね、普通に働こうにも断られてしまうような人です
中には用心棒的な一般的にはあまり褒められたものじゃないような仕事もありますが
世の中には理屈だけでは防げないものもあって、力が必要な場面もあるんですよ

ある意味、生活保護よりも優れた社会のセーフティーネットを構築していたんです

私こういう事も知っているので、暴力団的な組織の全てが悪だと決めつけるような事に違和感を覚えるんですね


STAP細胞や佐村河内さんの件についても似たような感じですね
この方達が何か問題を起こしているとするならば、それ自体、擁護するつもりは全くありませんが
彼らへの社会の対峙の仕方がヒステリック気味にもうつります
当然、端的に言えば「騙された」的な事に対する単純な怒りもあるのはよくわかります
ただ、確認もせずに騙された事に対しては何も思わないんですかね
確認しようがなかったと言われればそうですが、でも、振り込め詐欺に騙されても同じような反応しますかね
何で確認もせずに振り込むんだよ的な意見もかなり出てくるのではないでしょうかね
逆に、騙された事実を消すために過剰に攻撃することになっているんじゃないですかね
公に対して偽ったのであればそれに対して相応の罰は受けるべきです
ただ、それを盾にして己の保身と感情のはけ口にしてるだけだと思わないのでしょうか
百歩譲って一般人は何言っても良いでしょう、大衆とはそういうものです
ただ、これらを報道した報道機関として責務についてはどう考えているのか
佐村河内さんの件は、完全にメディア側がそもそもの始まりですね
STAP細胞に関しても、発表後、様々な角度からの取材を行ったのでしょうか?発表直後からメディアは諸手を挙げての大絶賛だったと記憶しておりますが
メディアの暴力とその傲慢さに関しても、同様に制裁を受けるべきです

PC遠隔操作事件なんて、実際に容疑者が有罪か無罪かは別として、メディアの大罪は明らかです

メディアはそもそも権力の監視や社会の不正を是正していく事が責務のはずです
にも関わらず、自分達に力があると傲り、世の中を形成できると傲っていた事が佐村河内さんの件を生み
更に、本来の報道の責務を忘れ、取材もせず、単に話題性だけで飛びついた事で、問題も見抜けずに、大本営発表を右から左に流し、故にそれを棚に上げるかのように総攻撃せざるを得ないという状況を生んだのではないかと思いますが
状況としては、両問題に関して、当事者達は、法的にも社会的にも制裁を受けるべきです
そういう事とは別として、メディアの責任も同様に成されるべきだと考えます
現状でもこれらのメディアの問題について指摘する人はあまり多くありません
この状況では恐らくこの先まだまだメディアの大罪は続くように思います

こういうことには社会としては、事実だけを見て、理性的に淡々と処理していくものであると感じます
社会の大義名分は、道徳的なものであったり、法的なものであったりするわけですが
過剰になってるときに、大義名分を振りかざす人の道徳的なものはどこへいってしまっているのでしょうか
しかも、今回はそもそもの問題は、確認もせずに報道したメディアから問題が始まっているのにです
自分達の報道に対する道徳も糾弾すべきではないでしょうか


頭に浮かんだことをとりとめもなく書き殴りましたが
何となく話は全部繋がってると思うんですが、どうでしょうかね

個人とコミュニティとの関係
社会の正義と悪
ルールと大義名分
メディアの義務と責任
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